私は今、月15万円くらいの生活費で暮らしています。
家賃は4万円。
食費は4万円くらい。
ジムに通い、車も持っています。
この生活を始めて50日ほどが経ちました。
ここまで続けてきましたが、正直に言うと、
👉 「やめたくなった瞬間」
は何度かありました。
今日は、そのときのことを少し書いてみたいと思います。
なんとなく疲れているとき
特別な理由があるわけではないのに、
「なんか疲れているな」
と感じる日があります。
仕事が忙しかったわけでもないし、何か大きな出来事があったわけでもない。
それでも、体が重くて、気持ちも少し沈んでいるような感覚です。
そういうときは、普段当たり前にできていることも、少し面倒に感じてしまいます。
ジムに行くのも、食事を考えるのも、全部少しだけ重くなる。
そんな日に、「この生活ちょっとしんどいな」と思うことがありました。
他の人の生活がよく見えたとき
SNSや周りの人の生活を見ると、
「いいな」と思うことがあります。
外食を楽しんでいたり、好きなものを買っていたり、旅行に行っていたり。
そういう場面を見ると、自分の生活と比べてしまうことがあります。
普段はあまり気にしていなくても、気持ちが少し弱っているときは特に影響を受けやすいです。
「自分は何をしているんだろう」
そんなふうに思ってしまう瞬間もありました。
「これ意味あるのかな」と思ったとき
続けていると、
👉 「これ意味あるのかな」
と思う瞬間もあります。
生活費を整えて、支出を抑えて、少しずつ続けている。
でも目に見える大きな変化はありません。
収入が急に増えるわけでもないし、生活が劇的に変わるわけでもない。
そんなときに、「このまま続けて意味あるのかな」と考えてしまうことがありました。
少し我慢していると感じたとき
基本的には無理をしている感覚はありません。
ただ、ふとしたときに
「少し我慢しているかも」
と感じることがあります。
例えば、何かを買うか迷ったとき。
「やめておこう」と選ぶことが増えた分、その判断が続くと少し疲れることもあります。
大きな我慢ではないけど、小さな積み重ね。
それが重なると、「少しだけしんどいな」と感じる瞬間がありました。
生活に変化がないと感じたとき
50日続けても、劇的に何かが変わるわけではありません。
昨日と今日が似ている。
来週も同じような生活をしている気がする。
そんなふうに感じることがあります。
「このままずっと同じなのかな」
と考えると、少し不安になることもありました。
疲れているときに考えすぎてしまう
振り返ってみると、
やめたくなるときはだいたい疲れているときでした。
体が疲れていると、気持ちも少し弱くなります。
普段なら気にしないことも、気になってしまう。
少しの不満が大きく感じられる。
そんな状態のときに、「やめた方がいいかも」と思ってしまうことがありました。
それでも完全にはやめようと思わなかった
こういう瞬間はありましたが、
👉 完全にやめようとは思いませんでした。
「もうやめる」と決めるほどの強い気持ちではなく、
「ちょっとしんどいな」という感覚に近かったです。
少し休むと戻れる
やめたくなったときは、
無理に頑張ろうとせず、少しだけ力を抜くようにしています。
ジムに行かない日があってもいい。
少しお金を使ってしまってもいい。
そうやって少し緩めると、不思議とまた元に戻れます。
「やめたい=やめる」ではないと思った
この50日で感じたのは、
👉 やめたいと思うことと、実際にやめることは別
ということです。
やめたいと思う瞬間はあっても、それだけで終わりではありません。
その気持ちは一時的なことも多いです。
この生活が少しずつ当たり前になっている
気づけば、この生活自体が少しずつ当たり前になってきています。
最初は違和感があったことも、今では普通です。
だからこそ、完全にやめるという選択にはならなかったのかもしれません。
この記事を読んでくださった方へ
何かを続けていると、
やめたくなる瞬間はあると思います。
自分も何度もそう感じてきました。
でもその気持ちは、ずっと続くわけではありません。
少し休んだり、少し距離を置いたりすると、また戻れることもあります。
まとめ
この生活をやめたくなった瞬間は、
疲れているとき
他人と比べたとき
意味が分からなくなったとき
変化を感じられなかったとき
こういったときでした。
でもそのたびに、少し休んでまた戻っています。
やめたいと思うことも含めて、この生活の一部なのかもしれません。

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